【匯想烈伝】回夢幻想渓流・日本渓流JP翠渓会 丹沢の渓流 西丹沢

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丹沢の渓流 西丹沢・大又沢源流1



世附川(ゆづくがわ)は(ゆづく、ヨヅク、ユヅク、出れも訛、語源は湯=世=湯付く、湯附く?)は三保ダム(丹沢湖)の建設が進み、ダム周辺で立入が規制されていた時期に初めて行った。大型のブルやダンプカーが河内川(酒匂川本流)の旧落合の集落跡を走り回っているのが見えた。バス停も新道路に移設途中で、谷峨駅から富士急バスで中川温泉行きに乗り、漸く落合に着いた。後年、東丹沢にも巨大なダムが出来ると噂があったが、それが後の宮ケ瀬湖になるとはまだ知らなかった頃だ。世附川は下流から大石を配した好渓流で、水量十分だった。今の管理釣場辺りも堂々とした本流で、魅力があった。世附川は首都圏の渓流マンには好釣場として知られ、当時は関東髄一の美形ヤマメ、道志ヤマメを誇った道志川と共に人気の渓流だった。世附は当時は入りやすく、浅瀬集落にいた杖を突いた古老から、興味深い昔話を何度か聞かされた。当時はまだ、学生だったので、古老の言っている意味がよくわからなかったが、後年「もっと聞いておけばよかった!」と幾度となく後悔した。古老は若い頃は営林署林鉄関係者だったらしく、世附川の流域についてえらく詳しかった。特に大又沢地蔵平や水の木駅周辺については多くを語ってくれた。その大又沢地蔵平には早くから興味を持っていた。単純に大又沢の方が距離的、時間的に行き易かったのと、ベテランの小煩い釣師が水の木周辺を我がもの顔で釣っていて、他の釣人には入りにくかった。(最近は管理も有り、そのようなトラブルは少ない。どこにでもありそうな釣欲の深い話だ。近年世附川に通い始めた人達はマナーが良い)大又沢には浅瀬で知り合いになった地元ベテラン釣師と何度か行った。まだ免許が無くいつも車で送って貰った。歩きの時は、車の砂埃に混じりながらの林道歩きは辛い。一人で歩いていると帰りはよく拾って貰った。東電の大又取水口が有り、時間が無く陽があがった後なら、大又ダムから入渓していた。深夜に歩きだし、ゆっくり歩いて約二時間で、地蔵平だ。月夜の朝は大又ダム上の浅瀬ではヤマメが跳ねていた。魚影も濃かった。未知の渓流に足を踏み入れたばかりで、今のように情報も無いアナログ時代だが、あの頃がやたら懐かしい。「未知の渓流」というのは渓流釣りを始めた頃の私にとっては、格別なロマンであった。西丹沢の名渓流、世附川水系に通い始めたのはこの大又沢が最初であった。



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【匯想烈伝】回夢幻想渓流・日本渓流JP翠渓会 甲州の渓流

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「鉱山跡のある源流の釣り 1」



翠月が源流部で鉱山のある谷が、所謂人知れずの渓だと言うことに対して、幾つか質問が来ているので個別ではなく、ここで回答するので参考にされたい。私は、勿論鉱物マニアなどでは無いが、長年興味はあるカテゴリーなので、書物は読んでいる。この世界は過去の歴史を紐解く訳だから、書物の嫌いな人には理解しがたい。それに、鉱山跡地では、特に霊感がある訳でもないが、比較的珍現象に遭遇はしている方だとは思う。例えば、蝙のいた抗口がある鉱山跡近くでキャンプした際、金縛りというか、寝ている自分に何人も死人が折り重なる夢を見て、汗だくで起きた事や、白っぽい腹巻格好の人夫の霊に足を押さえ付けられ、捕まれた夢などは見たことがある。どちらも夢だと思っているが?不要になった人足人夫(遊女)は、秘密を守る為とか、様々な理由で山奥で処分されていたらしいから、それに起因した事なのかもしれない。単なる妄想か?(おいらん渕など)だから石積の墓石などは注意して見ているとよくある。戦国期からの金山採掘ラッシュはそのまま、戦国武将達の金山奪取の場として有名になった。(石見銀山など)言わば実力による、資金源の奪い合いだ。
本題への回答だが、源流の釣り場選びに使っているのは、ズバリ言うと、「五行」や「八門遁甲」や「方位学」だ。そのような諸家の版図までに影響のある鉱山(金山、銀山)は、隠しておきたい財産だから、よくある埋蔵金の話も、こういった手法を使われている事が多い。本来、山の利用価値や、地名は山師が付けた道や、木地師が開いた土地などに由来しており、山と密着した生活基盤を持つ人達が名付けた世界だ。金山跡、鉱山跡の源流が魅力の一つには、そういった隠し金山や鉱山跡を探す手立ての「中心キーワード」がある事だ。今も昔も人・物・金だ。鉱脈があれば、戦国時代から採掘され続けた金鉱山【跡】はかなりある。金鉱があれば、そこに至る『道』が有り、人夫を雇う『金』、人夫の『住』、彼らを相手にする『女』そして、食料や水、炭、牧(槇)家畜などはONEセットだ。道=住=小屋=女。○○小屋、女郎小屋、○○屋敷、金○平。かなやま=金山、西山=金山を指している。『西』と言うのは五行に当てはめると、『十五』の方位、つまり西を指している。(南ア・早川の西山温泉=金山のある温泉、など)。他の地名も全て人に関わる事柄や事象が多い。源流で、ポッカリ開いた抗口を見付けたら、必ず坑道は埋もれている訳で、採掘した金や銀は、使う為に採掘したのだから、必ず山を降りる『道』がある。金堀衆は、地下に穴を掘るなど朝飯前だ。武田信玄公配下の真田氏等は、そのあたりの技術には長けている。金山、鉱山探しは、廃村マニアや廃鉄マニアの人達同様、かなりの数がいるらしい。彼らは、釣り人のように、あまり山奥には入らないが、詳しい情報交換をしているらしい。会合さえあるようだ。



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【匯想烈伝】回夢幻想渓流・日本渓流JP翠渓会 続・丹沢の渓流【再回想】2 丹沢山・秋郷愁


東丹沢に単独で行った。今回は、登山がメイン。禁漁近い10月の渓だ。まずは小田急伊勢原駅からバスで、大山の阿夫利神社に向かう。ケーブルのあるバス終点から戻り、大山川の支流を釣る。雨で少し増水気味、なんとか大山ヤマメの顔は見れたが、ハヤも多い川だった。沢登りでは二重滝とあるが、豪快な滝ではない。水量が少ないと滝らしくない滝だ。ヤマメは前からいるようだが、放流物だろう、鈴川では、天然ヤマメはあまり期待できない。その後、一つだけいいポイントを見付け、型がいいヤマメが見えたので通ったが、結局釣れなかった。尺近くはあったと思う。その後、そのポイントも土砂で埋まり、大山も登山客が増えるようになり、釣りは行かなくなった。何年か後に行った時はアタリもなくなって、ハイカーの残したお弁当や登山ガイドの本など、ゴミが散乱していた。あれから行っていない。阿夫利神社から大山山頂にかけては、富士山が綺麗だ。何枚も写真を撮った。ヤビツ峠に一旦下り、そこからは、未舗装の林道を札掛に向かい歩きだす。下りの車道だから、楽だが目指す本谷川迄はかなりある。将来幅員を広げるのだろう、測量跡や工事関係者の土場が、新しい。長い林道を歩いていると乗用車の登山車が拾ってくれた。免許も無い自分には車の運転が、羨ましかった。来年は16才、確か丹沢が一番林道を歩いたので、免許があれば…といつも思っていた。そして漸く、本谷の塩水橋に着いた。

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【匯想烈伝】回夢幻想渓流・日本渓流JP翠渓会 続・岐阜の渓流【再

【匯想烈伝】回夢幻想渓流・日本渓流JP翠渓会 続・岐阜の渓流【再回想】1


昭和59年、岐阜の渓流に単独で行った。春先の長良川、吉田川付近を狙う予定で出かけた。吉田川は長良川の支流だが、独立河川の規模がある。当然本流を中心に釣る訳だが、鶴佐橋と少し先の堰堤あたりから入渓してみた。吉田川は郡上八幡を離れると、谷が一気に深くなり、天竜峡と呼ばれるあたりは特に深く、降りにくい。市街地が近い渓流とは思えないくらい深い峡谷だ。郡上八幡のベテラン釣師は源流より本流の釣りを中心に考えているようだ。竿が今では考えられないほど重く太い竿で釣っている。はじめはハヤ釣りなのかと思うほど軽装で、竿、ビクとベストだけだった。足袋の様な靴で作業着らしき格好の人もいた。その人の竿は軽いものらしく、てんからのように何回も投餌していた。淵で何時間も粘る釣りスタイルではないようだ。浅瀬やちょっとした岩陰からアマゴを引き抜いている感じだった。数は相当釣れているようだが、尺アマゴはでていないようだ。所謂職人漁式なのか、一定の型を揃えていた。狙って揃えているなら凄い釣果だ。私には真似ができないので、支流で釣る事にした。支流には、町から近い小駄良川が適当だった。集落外れから上流部を狙うが、アマゴは細いのばかりだった。寒水川も集落外れの橋から入渓し上流部を釣るが型はいま一つ。水も少なくあたりは少なかった。やはり本流の魚影は濃いと思った。郡上では本流の釣り、しかも淵ではなく、瀬の釣りが苦手だと釣果は伸びないようだ。二日目は長良川に行くことにした。

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【匯想烈伝】回夢幻想渓流・日本渓流JP翠渓会 続・北海道の渓流と

【匯想烈伝】回夢幻想渓流・日本渓流JP翠渓会 続・北海道の渓流と湖 2



室蘭でフェリーを降りると、直ぐ漁港の町、室蘭市内に入る。夕方だから朝の活気は無いが、市内で買出しをする。観光の土産物屋が多い。今回は二週間程の予定を組んでいるので、買出しも分割して購入する。宿泊は、海岸のビバークライダーハウスやキャンプ場、ホテル、ユースと様々な予定だ。市内を離れ、国道沿いも、土産物屋が凄い規模だ。このまま、国道を南下しても良いが、休憩点が少ないので、まずは道南方面に行くため、長万部インターから高速に乗り、渡島方面を目指す。高速はガラガラだ。まだ当時は対行車線のある、高速でトンネルも多く、スピードは出せない。フェリーで10時間寝て、更に昼寝もしたので、全然、眠たくはないが、明日に備え、途中のパーキングで仮眠する。高速も東京と違い、人が少ない。

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【匯想烈伝】回夢幻想渓流・日本渓流JP翠渓会 続・越後の渓流【再回想】魚野川源流1



越後の夏は暑い。その年は猛暑で渇水の日が続いた。いつものように大源太に宿泊、越後湯沢周辺の渓流を釣る。魚野川は越後平野を貫く大河信濃川の支流だが、長大な水系だ。破間(あぶるま)川や三国川など大支流を持ち、魚沼盆地を流れる鮎釣りでも有名な川だから、関東にもその名を知らない釣り人はいない。私が魚野川な興味を持ったのも関東から一番近い越後の渓流だからだ。当時はまだ列車を起点に釣り場を考えていたから、信州伊那谷や白馬、信越本線只見線の南会津奥多摩などが私にとっては、《駅近釣場》だった。前後するが、水上周辺も上越線沿いなので、得意の夜行列車で早朝着、徒歩で釣り場に早く着くといったスタイルで通った。早朝といっても深夜に着き、駅で二時間仮眠し、二時〜三時には歩き始めた。
長い上越線のトンネルを越え、土樽駅には深夜に着いた。はじめは毛渡沢が歩いて行けて安全なので、東京から夜行日帰りもできた。春先は魚野川本流塩沢あたりで銀毛ヤマメを釣り、雪融けが続く支流にも渓魚を追った。湯沢周辺には幾つもの小渓があり、イワナもひっそりとくらしている。そして憧れの魚野川源流の『万太郎谷』に行く機会に恵まれた。相棒は翠雪殿だ。

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【匯想烈伝】回夢幻想渓流・日本渓流JP翠渓会 続・奥多摩の渓流【

【匯想烈伝】回夢幻想渓流・日本渓流JP翠渓会 続・奥多摩の渓流【再回想】奥多摩・小川谷1



奥多摩の小川谷へは幾度となく通った。今は、賀廊谷(かろうだに)出合いからは車両は入れないが、当時は滝上谷を巻き小川谷林道で終点まで入れた。現在は更に伸びて出れば袋谷から解放され、細久保谷から上がってくる林道と結ばれ、将来は舗装計画もあるようだ。小川谷は、下流の倉沢や川苔谷よりも規模が大きく、支流も多い。今でこそ荒れてしまい平坦になってしまったが、当時は素晴らしい渓相が残っていた。しかしその後、林道延伸工事の影響と台風や相次ぐ出水で土砂が出て淵も埋まった。小川谷の源流は、秩父山地浦山川水系と尾根を隔てる、酉谷山(天目山)付近の水域を源とし、平行状に各支流を従え、堂々の流れで鍾乳洞の先の大滝を形成して流れていた。支流には本流筋の酉谷、悪谷、滝谷、犬麦谷、滝上谷、鳥居谷などがあるが、犬麦谷には50Mは有りそうな大滝、タツマノ滝が有る。大滝の下流はガレが多く林道工事の直撃を一番受けた谷だろう。酉谷は更に三つ又になり、コツ谷、日向沢に別れ、真ん中の沢が本谷。小川谷源流三つ又は林道工事の影響は無く、翠の美しい川苔が付き、翠の回廊と清麗な流れに囲まれて、最も奥多摩らしい渓相をしていた。美しい翠淵や木の香がする、翠渓回廊楽園があった。渓は自然のままがよいな…。そう思える谿の一つだった。小川谷周辺には良い渓が沢山ある。大雲取谷、小雲取谷、唐松谷、長沢谷、孫惣谷…。懐かしい谿ばかりだ。ある年の四月に入渓した。買ったばかりのダンロップツーリングテントを小川谷三ツ又に張り、翌日に備えた。朝、四時寒さで目覚めた。四月半ばだというのにシュラフでも寒かった。五時すぎにカップラーメンで体を暖めてから、入渓した。悪谷も滝谷も小滝が続いては小さな落ち込みで、イワナが釣れた。型は8寸程度で尺イワナは出なかった。今度こそは!と上流を目指すのだが、なかなか釣れない。数はかなりいたが、今はどうだろう?当時でも体長制限ギリギリの魚を根こそぎ持ちかえる輩もいた。名前が付いている訳でもなく、個人所有の谷でもない…。所定の入漁料を払えば何をしてもよいのか?奥多摩は首都圏から近く、初心者の釣り人も多い。ヤマメやイワナを知らない人さえいる。人が多い分そういう輩が多いのも奥多摩だ。「奥多摩は釣れない!」という人や「いい思いをした事がない!」ともよく聞く。時代は違うが私が通った頃はよく釣れたし、秩父通いが始まるまでは道場的存在の奥多摩の谿だった。そっとしておきたいが?これから釣る人も楽しめるような奥多摩になってほしい。

※賀廊谷について
賀廊谷は最近の色々な雑誌やネットに、間違った表記や勝手に解釈された表現が多く誤解され易い谷だ。まず読み方は濁らずに、〈かろうだに〉古い書物にはカロー川谷とあるものも有るが、かろう、かろーで同じ。また賀廊を賀朗谷とか賀郎谷とか間違った(知らない)表記が散見される。地元の人でも謂われを知らない人さえいる。世代交代しているので若者には興味の無い話だろう。またあやふやな話を信じ勝手な解釈をしている表記がネットには多い。賀廊とは?ガレ場の事では無い。地形から来る名には違いないが。廊は立ち上がるという意味に近く、渓流用語の「廊下」に近いが、賀廊谷の場合の〈かろう〉は、《からう》からの変語で、元は唐櫃から来ている語源だ。つまり〈からひつ〉を積み上げたように、そそり立ち上がる立壁のような、〈垂直の廊下地形〉を指している。からう→かろう、となり、賀廊は当て字だろう。本来は〈唐廊谷〉かもしれない。聖的な名前だ。ちなみ賀廊谷には、ガレ場などや開割のゴーロ帯に見られる〈ごうろ、五郎〉などの地形名は見られない。

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